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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)6301号 判決

事実

原告入丸産業株式会社は鉄綱材の問屋その他の事業を営む株式会社であるが、原告は被告太平工業株式会社に対して昭和三十年四月十二日から同年九月二十八日までの間に水道工事用ビニール管その他の部品を代金合計百四万五千五百五十一円で売却した。ところで被告太平工業は、昭和三十年九月二十八日右代金支払のため、原告に対し同被告が大石村(昭和三十一年九月三十日廃置分合によつて被告河口湖町となる)に対して有していた簡易水道工事代金七百六十五万円の債権のうち前記販売代金の範囲で原告が同村から直接取り立てて原告の右債権の弁済に充当する権限を委任し、これによつて右工事代金のうち金百四万五千五百五十一円の債権を原告に信託的に譲渡した。そうして被告太平工業は同月三十日大石村に対し原告に右代理受領の権限を与えたとの委任状を添えて右代金を直接原告に支払うよう通知した。

このように、右工事代金の代理受領に関する原告と被告太平工業との契約は単なる取立委任ではなく、弁済担保のための信託的譲渡であるから、被告太平工業としては自由に委任を解除して自ら取り立てる権利はない。大石村は太平工業からの右通知後は工事代金中金百四万五千五百五十一円を直接原告に支払う義務があり、被告太平工業に支払うことができないものである。のみならず、原告はその頃担当社員安東一雄を同村に派遣して村長代理助役渡辺正志に面会して右の旨の了解を求めさせたところ、渡辺はこれを承認して直接原告に支払う旨約束したのであるから、同村は右金員を原告に支払う義務がある。

仮りに右主張が認められないとしても、原告は被告太平工業に対する代金支払のため昭和三十一年一月十一日被告太平工業から前記債権の譲渡を受け、被告太平工業は同月十一日書面で右譲渡の通知をし、右書面は同月十六日大石村に到達したから、同日以後は大石村は被告太平工業に対して右代金を支払うべきではなく、もつぱら原告に対して支払う義務がある。

よつて原告は被告らに対し、各自右金員とこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求める、と主張した。

被告太平工業株式会社は答弁として、同被告が原告に対して代理受領の権限を与えたこと、及び同被告が大石村に対し原告主張の通知をしたことは認めるが、右代理受領の趣旨が原告主張のようなものであることは否認する。また、被告太平工業が原告に対しその主張の債権譲渡の通知をしたことは認めるが、右譲渡が担保のためになされたことは否認する。右債権譲渡は被告太平工業が原告に対して負担する前記ビニール管などの売買代金債務の代物弁済としてなされたものであるから、原告の被告太平工業に対する右売買代金百四万五千五百五十一円は右代物弁済によつて消滅しており、被告太平工業にこれを支払う義務はない、と主張した。

被告河口湖町は答弁として、原告主張の昭和三十年九月二十八日頃大石村の助役渡辺が本件水道工事代金中百四万五千五百五十一円を原告が被告太平工業に代理して受領することを承諾したことはないし、仮りに右渡辺がこれを承諾したとしても、渡辺は当時村長代理ではなく、単なる助役に過ぎなかつたから、村を代表してこのような承諾をする権限はなかつたし、また、仮りに権限があつたとしても、そのような取立委任を承諾すると、同一債権について従来の債権者被告太平工業のほかに原告という別個の債権者が生ずることとなつて、とりもなおさず村としては新たな債務を負担することになる。ところで地方自治法は第九十六条で新たな義務を負担する場合は村議会の承認を必要とする旨規定しているが、右渡辺の承諾はこの議決を得ていないから無効である。

また、前記九月二十八日頃原告と被告太平工業間になされた契約は単純な取立委任契約である。被告太平工業から本件水道工事代金債権の一部を原告に譲渡した旨の通知が大石村に到達したのは翌三十一年一月十六日であつて、この通知前に原告主張の水道工事代金七百六十五万円のうち金七百四十一万四千二百三十三円は昭和三十年四月六日より同年十二月三十日までの間に二十二回に亘つて弁済されていたから、残額は金二十三万五千七百七十七円となつていたのである。また、債権譲渡の通知が大石村に到達したのは前記のとおりであり、当時においては原告の被告太平工業に対する債権は右のように分割払債権となつていた。しかるに債権譲渡通知に表示された債権は分割払債権ではなく、実在する債権と異る債権の譲渡通知であるから、右通知は無効である。以上何れの理由からしても、被告河口湖町に支払義務はない、と抗争した。

理由

原告が被告太平工業に対して昭和三十年四月十二日から同年九月二十八日までの間に、ビニール管その他の水道工事用部品を代金合計金百四万五千五百五十一円で売却したことは右当事者間に争がない。

ところで被告太平工業は右代金については昭和三十一年一月十一日同被告が大石村に対して有していた水道工事請負代金七百六十五万円のうち金百四万五千五百五十一円の債権を代物弁済として原告に譲渡したからこれによつて右売買代金債務は消滅したと主張し、原告も債権譲渡を受けた事実は争わないが、この債権譲渡が被告主張のように売買代金の支払に代えてなされたと認め得る証拠はない。却つて証拠によると、原告が被告太平工業から支払を受けるべき右ビニール管などの売買代金の支払を確保するためになされたことが認められるから、同被告の右主張は採用できない。よつて被告太平工業は本件売買代金及びこれに対する年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

次に、原告の被告河口湖町に対する請求について検討する。

原告は被告太平工業に対する前記売買代金の支払を確保するために、同被告が大石村に対して有していた水道工事請負代金七百六十五万円のうち右売掛代金相当額について取立受領の権限を与えられたと主張し、またこの取立受領の性格についても種々主張するので、先ずこの点について判断するのに、被告太平工業と大石村との右水道工事請負代金が金七百六十五万円であつたことは被告河口湖町の明らかに争わないところであり、また昭和三十年九月末頃原告が被告太平工業からこの請負代金のうち金百四万五千五百五十一円についての取立受領の権限を与えられた旨の委任状を受け取り、その頃これを大石村に送付したことは、当事者間に争がない。そうして証拠を総合すると次の事実を認めることができる。すなわち、

原告が被告太平工業に販売したビニール管などの水道工事用部品は太平工業の甲府出張所が大石村から請負つた簡易水道工事に用いるためのものであつたが、その売買契約の成立前から原告会社社員富田、右甲府出張所長保坂三雄の間で、太平工業としては大石村から後日支払を受ける水道工事代金で右売買代金を支払う予定であるから、便宜上その工事代金のうち原告の債権に相応する分を原告が太平工業に代つて受領し、これを右債権に充当するという方法で決済する旨の話合があり、この方法については大石村の助役渡辺正志にも相談していた。昭和三十年九月末になつて原告の右販売代金が金百四万五千五百五十一円となつたので、原告の社員安東一雄は被告太平工業の甲府出張所に行つて、前記保坂に対し支払を請求した。保坂は、代金支払については右のような話合があり、また事実大石村から支払を受けなければ支払う資力もなかつたので、取りあえず前記水道工事代金のうち右金百四万五千五百五十一円を原告が太平工業に代つて受領する権限を委任し、その旨の委任状と、「右金百四万五千五百五十一円を直接原告に送金願いたい。委任状をそえる。」旨の太平工業甲府出張所から大石村宛の代理受領申請書を安東に渡した。安東は右委任状、申請書を大石村に持参して助役渡辺正志に示してその了解を求めた。当時大石村村長は病気入院中のため、右渡辺が村長代理として執務していたが、渡辺は太平工業甲府出張所に電話をかけてその意向を確かめた上で原告の代理受領を承諾した。そこで安東は右甲府出張所に戻つて右書類に太平工業甲府出張所長の印鑑を押して貰つた上、その頃これを大石村に郵送した。

以上のとおり認められるところ、これら認定事実によると、昭和三十年九月末頃原告と被告太平工業との間で前記水道工事代金のうち金百四万五千五百五十一円について原告が太平工業に代つて大石村から直接受領して原告の債権の弁済に充てる旨の取立委任契約が成立し、その委任の趣旨は当時被告太平工業には支払の資力がなく、大石村から代金の支払を受けなければ、原告に支払うことができないので、取りあえず原告に大石村から直接取り立てる権限を与えたのであつて、大石村が被告太平工業に債務を弁済することまでも禁じた趣旨ではないと認めるのが相当である。その取立委任が原告主張のように弁済担保のための信託的譲渡であると認め得る証拠はないし、ましてこのときに右取立委任にかかる水道工事代金債権の上に債権質を設定したと認められる証拠もない。原告は太平工業との間に結ばれた右代理受領の契約が弁済担保のための信託的譲渡あるいは債権質の設定であることを前提として大石村に金百四万五千五百五十一円の支払義務があると主張するが、右主張は採用できない。

なお、原告は右九月末頃、原告担当社員安東一雄が大石村に行つて村長代理渡辺正志と面会し、前記代理受領について了解を求めたところ、渡辺はこれを承諾し、右代理受領にかかる金額は直接原告に支払い、太平工業には支払わないと約束したから、大石村は右金員を支払う義務があると主張するので、この点について判断するのに、昭和三十年九月末頃原告会社社員安東一雄が大石村を訪れ、太平工業甲府出張所が本件水道工事代金のうち金百四万五千五百五十一円を原告が太平工業に代つて受領する権限を委任する旨の委任状と前記代理受領申請書を大石村村長代理渡辺正志に示してその了解を求めたところ、渡辺が原告の右代理受領を承認したことは先に認定したところであり、また、渡辺が村長代理の権限を有していたことは先に認定したとおりである。ところで、代理受領の承認は新たな義務負担とは認められないから、地方自治法第九十六条にいう村議会の承認を要する場合に当らない。従つて渡辺が村長を代理して、被告太平工業に支払うべき代金を直接原告に支払う約束をする権限を有することも否定できない。

しかしながら、右代理受領の性質は前に認定したとおり、太平工業に支払うことをも禁ずる趣旨であつたと認める証拠はなく、また渡辺が原告だけに支払い、太平工業には支払わない旨約束をしたと認め得る証拠もないから、原告の右主張も採用できない。

さらに原告は、昭和三十一年一月十一日被告太平工業に対する販売代金支払のため、同被告から本件水道工事代金のうち金百四万五千五百五十一円の債権を譲渡され、太平工業は同月十六日大石村に到達した書面で右譲渡の通知をしたから、少くとも同日以後は大石村は原告に右金員を支払う義務があると主張するので判断する。

右債権譲渡の通知が昭和三十一年一月十六日大石村に到達したことは被告河口湖町の認めるところであるから、大石村は右通知が到達した昭和三十年一月十六日以降は前記代金を太平工業に支払うべきではなく、もつぱら原告に支払う義務があるといわなければならない。

最後に、被告河口湖町は右債権譲渡の通知の効力を争い、その理由として「(一)、原告は右通知到達前の昭和三十一年一月十三日被告太平工業及び訴外竹下譲との三者間で右譲渡にかかる金百四万五千五百五十一円について、太平工業及び右竹下が連帯してうち金五十四万五千五百五十一円を同年一月末日に、残金五十万円を翌二月末日までに支払う旨の更改契約を結んだから、右通知にかかる債権はすでに消滅している。(二)、仮りにそうでないとしても、右通知到達前に本件債権は分割払債権に変更されているのに、債権譲渡通知に表示された債権は分割払債権ではないから、実在しない債権の譲渡通知であつて、本件債権の譲渡通知としては効力がない。」と主張するので判断するのに、右三者間で河口湖町主張のような合意がなされたことは原告も認めるところであるが、この合意が更改契約であると認め得る証拠はなく、却つて証拠によると、右三者間の合意は、太平工業及び竹下が原告に対して負担する債務の支払のためにしたもので、太平工業が原告に譲渡した大石村に対する水道工事代金についてなされたものでないことは明らかであるから、これによつて、右譲渡債権が消滅する理由はなく、また右三者間の合意は本件債権譲渡通知の効力に何らの影響を与えるものではない。

ところで河口湖町は右水道工事代金七百六十五万円のうち、金七百四十一万四千二百三十三円は右譲渡通知到達前の昭和三十年十二月三十日までに太平工業に弁済したと主張するので、この主張について判断する。

河口湖町の提出にかかる乙第一号証の一ないし二十二の各領収証は一応同町の右主張を裏づけるものではあるが、次に述べる理由により、右領収書その他の証拠によつてはその弁済額がどれほどであつたかについて心証を得ることができず、結局右弁済の事実を認めることができない。

すなわち、証拠によると、右乙第一号証の一ないし八(昭和三十年四月六日から同年八月二日までの分合計金三百七十万円)に添うような弁済のあつたことは認められるが、その余の分については、大石村が国や県の補助金を得るために必要であるからとの理由で、被告太平工業甲府出張所長保坂三雄において、同村の水道工事に関して、実際には領収の事実がないのに、自ら金額を記載し印鑑を押して他は記入していない架空の領収証を相当数発行したことがあり、右領収書のうちどれが真実に支払を受けたものであるかは不明であることが認められる。結局同号証のうちには真実支払のあつたものも含まれているかも知れないが、それがそのうちのどれに当るかについて心証を得ることができない。

ところで右弁済の有無及びその額については河口湖町において立証すべきものと解さねばならないから、右のようにその弁済額についての心証が得られない場合においては、その不利益は河口湖町が負担するほかない。

してみると、被告太平工業から大石村に対する前記債権譲渡通知が到達した昭和三十一年一月十六日以降、大石村は原告に対しその全額を支払う義務があるところ、大石村が昭和三十一年九月三十日地方自治法第七条第一項の規定による廃置分合によつて被告河口湖町となり、同町は大石村の権利義務を承継したことは当事者間に争がないから、河口湖町は原告に対し右金百四万五千五百五十一円を支払う義務がある。

よつて原告の被告らに対する請求はすべて正当である。

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